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力を抜いて、自分らしく、好きなことをして暮らしたいなと思います。私の好きなことを中心に、日々のことを綴っていきたいと思います。


by coolbeansday
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探していたもの

私は食べることについて強迫観念があると思う。
どうして、目の前にあるものを食べないといけないと思ってしまうのか、そしてそうやって食べてる自分に罪悪感を持つのかが知りたいなぁと思っていた。
私は食べ過ぎてしまうにしても、過食症と診断されるほどではない。でも、食べ過ぎてしまうことはよくあるし、そんな自分に自己嫌悪を抱くこともよくある。
そして、食べ物への欲求は本当は別のものを表しているのではと考えるようになった。
そして出会った本がこれ
食べ過ぎることの意味―過食症からの解放
アマゾンの内容説明では「人生の虚しさを忘れるために食べ物を利用しているあなたに、食べたいものを好きなだけ食べることに罪の意識を持っているあなたに、空腹という感覚を忘れてしまったあなたに。過食や無数のダイエット法からあなた自身を解放し、自分自身を取り戻す具体的なガイドブック。 」とある。
まさに今の私が必要としていた本。この本を読んだおかげで「食べる」ことの意識が変わった。以前より楽しく食べることが出来るようになったし、罪悪感がなくなった。
毎回、「今日は何が食べたい?」「おいしく食べてる?」「(私の食べるものに対して)人がどう思うかを考えるんじゃなくて、自分がどう感じてるかが大事なんだよ。」「おなかいっぱいなのに詰め込もうとしてない?残したらもったいないって思って食べてない?明日食べたらいいし、誰かにあげてもいいんだよ」など自分と会話しながら食べるようになった。
そう、食べるときもちゃんと空腹か確認してから食べる。時間が来たからじゃなくて。

そして自己評価が低い私。これを克服するのにいいヒントが得られるのではと思い読んだ本がこれ。「インナーマザー―あなたを責めつづけるこころの中の「お母さん」
この本を読んで、母親の分身のように生きてきた面があるなぁと思った。そして、長女としての役割。
私はいけばなを小学校3年生くらいから習った(中学くらいで、面白さがわかる手前でやめてしまったけれど)→母がいけばなを習いたいけど、忙しくて行けないから残念といったから。
私は4年生の大学を卒業しないといけないと思った。→母が「大学を出てくれたらうれしいな」と言ったから。
ちゃんとした企業に勤めないといけないと思った。→母が周りの人に自慢できる娘であるために。
そして、自分の意見のつもりでいたのによく考えると母の意見だと気づいたことが何度かある。ほかにも他人の意見を自分の意見にしてしまう自分がいたりと自分はどう思っているのかにまったく関心がいかないというか、あることを忘れている自分がいることに気づいて、「あれ?私って本当にそう思ったのかな」と思うことがある。

こういったことはほとんどが、幼少期の母との関係に起因する。
私の中に母に十分にかまってもらえなかった、愛されなかったという思いがある。
そして、「私は~でなければ愛されない」という、条件付でしか愛情をもらえないと思い込んでいる。

でも、今まで無意識にこの「条件付でしか愛されない」という思い込みを取り払う努力をしてきたみたい。本を読んでいて、今までの自分の行動がなるほど、これから逃れるために自然とこうしたのかということがたくさん出てきた。

そして、これからやっていかなくてはならないこと。(本から引用)
①自分にやさしくすること(あるがままの自分を受け入れること。欠点や限界も含めて自分を愛し、いたわること。決して自らを叱咤せず、萎縮させないこと)
②他人(世間)の期待に操られない(今の私は、時々周りにやったらいいんじゃないと言われてことを自分のやりたいことと思い込んでいるときがある)
③自分で選択し、決定する。
④自分は世の中に受け入れられて当たり前という確信を抱く(本に
自分は他人に必要とされている信じ、誰かに愛されて当然と思っている人は、人に愛されます。世の中を肯定的に見る習慣を身につけていると、周囲の多くの人々がやさしく温かい人のように感じられてきます。そのように思うあなたに、世間の人はやさしくなる。
とある。私はなんにでも条件をつけたがる。)

自分が将来の伴侶を選ぶ前に、そして親になる前にこういうことがわかってよかったなと思う。
この本を読んで、母に「お母さんの育て方のせいで私、今まで苦しんできたんだよ」って言いたくなってしまう自分がいたけれど、母を傷つけたくないし、今までも自分で克服してきたんだからと思いつつ、なんだかちょっと悶々とした気持ちがあった。もちろん、愛情もたくさんもらっているはずだし、ただそれが思い出せていないだけだと思う。

そしてその後に読んだ本がこれ。
内観への招待―愛情の再発見と自己洞察のすすめ
図書館で「内観」という言葉に惹かれて、何気なく手に取った本だけど、この本が悶々とした私の気持ちを取り除いてくれた。著者の内観法は部屋の隅に屏風を立て、およそ1メートル四方の静かな場所に座り、幼少期から今までの、主に母親との関係を調べていくもの。
本当にやろうとすると、7日間この屏風の中で座り続けることになる。今の私は時間はあるけれど、そこまでやろうとは思わないし、著者の考えに100%賛同できない部分もある。ただ、母親との関係を思い出しながら座るというのはやってみようと思うし、今の自分の気持ちを整理するのに役立つ気がする。

ぽんぽんぽんと自分が探していた答えを導き出すためのヒントになるような本に出合えた。
やっぱり求めていたらちゃんと出会えるのかなと改めて思った。
by coolbeansday | 2007-12-18 23:10 |